2014年(平成26年)10月・2号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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岡山県苫田郡鏡野町 山田養蜂場

蜜蜂の行動を見てて、胸が躍る

「ダニが何で恐ろしいかって言うと、人間に換算すると、子猫が体にくっついていると思ってください。蜜蜂って10ミリくらいなんで、ダニが1ミリですよ。10分の1ですよ。そんなのに血を沢山吸われたらガリガリになりますよね」

加藤さんが、こんな衝撃的なことを言う。彼は、山田養蜂場養蜂部に勤務して15年になる。

「ほんとに夢のような感じですよね。小さい頃から昆虫に関心があって、大学で蜂毒を研究して、結果として昆虫の一つである蜂に係わる仕事に就いたのですから。すごい運が良かったと思うんです。今でも、蜜蜂の行動を見てて、胸が躍るような感じのする時がありますね」

加藤さんは、仕事としての効率を意識しながらも、昆虫少年がそのまま大人になったような純粋さを秘めている。彼と並んで話をしていると、突然、足下の花に話題が移っていくことも度々だった。

「このアキノノゲシには、近ごろ蜜蜂がよく行ってますね。キツネノマゴやツユクサ、カタバミ、ヒナタイノコツチなんかの花にも蜜蜂は来ますよ。そんな様子を見てると楽しいんですけどね。蜂を飼ってると時間がないですね。コセンダングサやヒメジソも良いです。荒れ地があると蜂には結構良いですね」

素人目には、蜂が喜ぶとは思えない小指の先ほどの小さな雑草の花も、加藤さんにとっては蜂が蜜を吸いに来る名前のある花として認識されているのだ。蜜蜂の話になると熱がこもり、加藤さんの作業の手はときどき止まってしまった。

冬越しのための餌となる砂糖水を与える

8の字ダンスの神秘

「8の字ダンスは有名ですけど、やっぱり餌のありかを教えていることは間違いないですね。優先度の高い餌場を教えるダンスが最終的に何個か残るらしくて、今の時期だったらセイタカアワダチソウの場所を教えるダンスは残るけど、魅力的じゃない餌場のダンスは次第に踊らなくなるようですね。8の字ダンスって、距離だけじゃなくて花の種類も教えるってことが解ってきたんです。距離を教える時に風が強いと、なるべく地表に近い辺りを飛ばないと風に流されちゃうじゃないですか。その時は、実際の距離よりも長い距離を教えるらしいですよ。同じ餌場を教えるにも条件が変わると持って行く燃料を多くしとかないと、同じ燃料では帰れなくなっちゃいますよね。蜜蜂というのは、狡(ずる)ができないんです。餌場までの往き帰りに自分が利用できるのは、出発する時にもらった蜜だけなんです」

「他には、仲間とのコミュニケーションのダンスが知られています。蜜を沢山集められる状況の時に、仕事をさぼっている蜂がいると、『外へ仕事に行きなさい』なんてことをダンスで教える蜂がいるんです。ブルブル、ブルブルって震えるんですけど、『あんた、これをしなさい』みたいな指示をするんです。そのダンスは良く見ることがあるんですけど、そんな風に解釈している学者がいるんです。それが本当だったら面白いなと思って、私は支持しているんですけどね」

幼稚園の頃から昆虫に興味を持っていた加藤さんだが、こどもの頃は蜂だけには興味を持てなかったと言う。

「それは蜂に痛い目に遭ったからなんですけど、小っちゃい時から野原で昆虫採集していたから、よく刺されたんです。幼稚園の時は、カマキリに夢中だったかな。たまたま小学6年の時の読書感想文の推薦図書が兵庫県の養蜂家の書いた本で、その感想文がなかなか貰えない賞を受けたんです。その時から、養蜂家に関心を持つようになって、高校の時には昆虫学者みたいな専門家になりたいなと現実的に思い始めていましたね。昆虫の専門家で飯喰っていけるのかって、父はずっと言ってましたけど。父は固い人だったんで。実は私、極真空手の世界チャンピオンに空手を習っていたんですよ。結局、強くはなれなかったんですけど、養蜂業というのが空手と似てるんですよね。効かせる場所というか、勘とタイミングが重要で、今日なら2時間で良い作業が、次の日に10時間やっても意味のない作業になるってことなんです。スズメバチの見回りや蜜を採るタイミングの時には、科学的なデータもですが経験と勘が重要です」

前述した景山部長の言葉「蜂が好きだったら大丈夫」に通じる養蜂家の核心を言い得てると思った。

冬越しのため、巣板一枚一枚の蜜蜂の状態を丹念に調べる

巣箱から取り出した移虫枠の王台に蜂が集っている

蜜蜂に粉砂糖をまぶして滑り落ちたダニの有無を調べる

有機養蜂を目指す

「蜜蜂自体が家畜じゃないですか。だから牛や豚みたいな動物と同じように薬を使わないと管理できないんです、正直なところ。薬を使っていない養蜂家は、たぶん日本にはいないですね。外国では、有機養蜂といって薬を使わないで養蜂をやってる養蜂家がいるらしいんですけど、それがすごい不思議なんですよね。中国とヨーロッパ、それにキューバには居るらしいですね。違うレベルで養蜂やってるって感じですよね。私も有機養蜂を目指してはいますけど、全然、そこまで到達してないですね。養蜂部では抗生物質は使ってないけど、ダニの薬は使いますから」

夏に養蜂部を訪ねた時、加藤さんは、自分で担当する80箱ほどの巣箱一つ一つについて、ダニの寄生状況を調査していた。直接の目的は、ダニの駆除剤を使う優先順位を決めるための調査だったのだが、「モニタリングして、例えば一匹もダニの居ない群れがあったとしたら、ダニに強い系統の可能性もありますよね。そういう群れから子どもを採ったら、ダニに強い蜜蜂を作ることもできるんじゃないですか」と、加藤さんはダニのモニタリングを行う意義を強調する。

ダニが蜜蜂に寄生すると、吸血するだけでなく、蜜蜂の方向感覚を狂わせてしまうこともあるらしい。そうなると自分の巣箱ではない巣箱に入ることにもなり、ダニが媒介する病気の感染拡大に繋がっていく。養蜂家にとって、ダニはキイロスズメバチやオオスズメバチ以上に難敵のようだ。

大きく枝を広げたエノキの下で、ダニのモニタリングをする加藤さんと塚元さん

冬越しの準備

10月上旬になると加藤さんは、鏡野町内の数カ所に分けて置いてあった巣箱を一か所に集めて、冬越しの準備に入っていた。蜂の活動が落ち着く夕暮れ近くなると、餌として蜜蜂に砂糖水を与えていく。

「餌をやる時間が早すぎると、蜂が騒いで他の巣に蜜を奪いに行ったりしてしまうんですよ。外に花が沢山あって蜜を集められる状況なら、別に餌をやらなくても良いんですけどね」

ゆっくりと巣箱の蓋を開けて、餌用の巣板にヤカンから砂糖水を注ぎながら、巣箱の中の蜜蜂の状況を観察していく。作業は、ゆっくりと静かにだ。加藤さんが時間を掛けて観察していた巣箱の周りを飛び回る蜜蜂の群れが現れた。

「巣箱の隙間から匂いを嗅ぎ取っているみたいで、盗蜂っぽいですね。巣箱の中の蜜を、他の巣箱の蜜蜂が盗んで持って帰るのを盗蜂って言います。となりの群れは仲間じゃないですから。血統は結構近いんですけど。群れを全滅させるまで奪うこともありますからね」

しばらく巣箱の蓋を開けていたので、セイタカアワダチソウの蜜の匂いを嗅ぎ取って、巣箱に寄って来ているのではないかと加藤さんは推測する。しばらく作業を休んで様子を見ているうちに、騒いでいた蜜蜂たちは自分の巣箱に戻ったようだ。

瓶の中で蜂に粉砂糖をまぶして振ると、
ダニが滑り落ちる

養蜂には悟りの境地がない

アベリアの花の形と花蜂との関連を加藤さんが
教えてくれた

満月の月明かりの下で、ソバの花の中にぽつりと置かれた巣箱を撮影していると、一旦帰宅した加藤さんが、私の夕食のためにと弁当を持ってきてくれた。月明かりに照らし出された巣箱を二人で眺めている時、加藤さんが昼間言い忘れたことを思い出したように呟いた。

「養蜂をもっと巧くなりたいですね。養蜂は芸術作品みたいなものだと思うんです。つまり『養蜂には悟りの境地がない』ということですかね。養蜂家一人ひとりの方法には、それぞれに学ぶべき一理があるし、同じ天候の年は二度とないので、どんなに頑張っても満足できなくて、まだまだ養蜂技術は進化できるってことです」

加藤さんの頭の中は、いつも蜜蜂のことで一杯なのだと伝わってくる。養蜂の仕事をしていることが「夢のような感じ」だと言える養蜂家に世話してもらえる蜜蜂たちも幸せ者だと思った。

記録として確認できる最も古い人間と蜜蜂の交流は、紀元前6000年頃と推定されている。それから約8000年の間に、人類は養蜂技術を進化させ、蜜蜂と共存共栄の関係を築いてきた。その養蜂技術の最たるものの一つが、驚くべき能力を獲得している女王蜂が一生食べ続けるローヤルゼリーの採集なのだ。

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