2014年(平成26年)10月・2号

発行所:株式会社 山田養蜂場  http://www.3838.com/    編集:ⓒリトルヘブン編集室

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岡山県苫田郡鏡野町 山田養蜂場

蜜を採りに行く蜜蜂たちが、近くに咲くシロツメグサには目もくれず一直線に飛び出して行くと、ウォーンという羽音が体を包み込む

羽音が体を包み込む真夏の養蜂場

青々とした稲穂を揺らして涼やかな風が吹いている。岡山県苫田郡鏡野町で定置養蜂を行う山田養蜂場養蜂部を訪ねた盛夏のことだ。田園風景の中にある養蜂場を訪ねると、上下2段になった養蜂箱が約50組、蜜蜂の出入り口を同じ方向に向けて整然と3列に並んでいる。巣箱に近付いていくと、ウォーンと空気の振動として伝わってくる蜜蜂の羽音に体が包み込まれた。その途端、微かに不安が立ち上がり、体全体が硬くなるのを感じた。忘れかけていた痛さの記憶が呼び覚まされたのだ。

山田養蜂場養蜂部は、鏡野町を流れる香々美川と吉井川に沿って開ける鏡野盆地と、その奥に中国山地が連なる変化に富んだ地形を活かして、鏡野町内に幾つもの養蜂場を設置している。

蜜蜂たちは、巣箱から一直線に飛び出して蜜を採り、一直線に戻ってくる。巣箱の前にうつ伏せになって蜜蜂たちの動きを観察していると、きびきびと働く一匹一匹の蜜蜂にエネルギーを感じる。時折、私の被っている麦わら帽子に突き当たってくる蜂もいるが、通行を妨げる私の存在には構わず、一目散にお尻を振って巣箱へ入っていく真剣な姿が愛おしい。

女王蜂は記憶力が良くない

蜜蜂たちが活発な働きをしている養蜂場の一方で、羽音の聞こえない静かな養蜂場もある。鏡野町内でも奥地にあたる奥津ダム湖を囲む山中の開けた台地にある養蜂場だ。蜜蜂の姿は、養蜂箱の周りに数匹見つけることはできるが、勢いよく蜜を集めに飛び出して行く様子は見えない。巣箱の置き方も、先ほど田園の中で見た養蜂場のように整然とした状態ではなく、3、4箱ごとが微妙にずれ、方向もバラバラに置かれている。

案内をしていただいた養蜂部部長の景山心悟さん(39)が、巣箱の置き方の違いを説明してくれた。

「ここは、女王蜂を交尾させ、新しい群れを作るための養蜂場なのです。女王蜂は、働き蜂と比べて記憶力が良くないので、整然と並べて巣箱を置くと、交尾して帰ってきた時、自分の巣箱がどれだったか判らなくなるので、ある程度雑然と並べています。それに、養蜂家のやり方もそれぞれに多少違うので、その人なりの個性も出てますね」

幼虫の有無をチェックする塚元さん

小関さんが(左)管理する巣箱の状態を見て、景山さんがアドバイス

巣箱の周りに咲いているソバの花に蜜蜂

優秀な血統を選び空中で交尾

それにしても、どうしてこんな不便な山の上に巣箱を置かなければならないのだろうか。その理由を説明してくれたのは、養蜂部で古参の加藤学さん(42)だ。女王蜂を交尾させる場合、他の蜜蜂がいない場所を選ばないと、優秀な蜜蜂は作り出せないと言う。

「優秀な蜜蜂を作るというのは、遺伝的にローヤルゼリーが沢山採れる血統を選ぶということなんです。うちの養蜂部は、ローヤルゼリーを採るのが主な目的ですからね。自然に任せたままですと、ローヤルゼリーの採れる量は明らかに違いますから。すごく優秀な女王蜂を3匹ぐらい選んで、オスも家系的に良い奴を選んでおきます。そのオス蜂たちが集団で飛行している晴天の午後、女王蜂が巣箱から飛び出して行って、空中で交尾するんです。その時に、私たちが選んだのではない訳の分かんないオスが交尾に来ると、生まれてくる蜂の性質が落ちちゃうので、蜜蜂がほとんど飼われていない場所に巣箱を持って行って、交尾させるんですよ。そんなにしても、蜂の個性はかなり出てきますね。良いと思える血統の同じ親から種を取るんですよ。しかも、似たような場所で交尾させているのに、ものすごい違った奴ができることがあるんです。蜜を良く集めたり集めなかったり、プロポリスをめちゃくちゃ集めるのができたりとか」

どうやら養蜂の技術には、優秀な肉牛を生産する畜産農家と同じように、優秀な血統を選び出すための奥深く繊細な技があるようだ。

塚谷の作業小屋で移虫作業をする景山心悟さん

ローヤルゼリーの採集と移虫が同時進行する塚谷の作業小屋に緊張感が漂う

幼虫を移し終えた移虫枠を養蜂箱に収めると、一連の作業が終わる

蜜蜂好きが養蜂家に

養蜂部が設置している養蜂場には、様々なタイプがあることが判ってきた。土生(はぶ)地区の人里離れた茂みの中の大きく枝を広げたネムノキの下に、巣箱が3箱だけ置いてあった。今年4月に養蜂部に配属されたばかりの小関博光さん(26)が管理する巣箱だ。巣板を取り出して点検していた小関さんが、心配そうに景山さんに声を掛けた。

「蜂が弱って、数が少なくなっています」。小関さんから相談を受けた景山さんは、「元気の良い別の巣箱から、サナギになっている巣板を持ってきて補充しながら様子を見たら」と、アドバイスをしている。

養蜂家として大切なことは何かと、景山さんに尋ねてみれば、結局のところ「蜂が好きだったら大丈夫。素質なんですよ」ということだ。蜜蜂と対話し、彼女たちが何を求めているかを把握することが大切ということなのだ。

蜜蜂をコントロールする技術

「中国人の養蜂家は、蜜蜂の群れをまるで工業製品を扱うような感覚で扱えるんですよ。一か所で沢山の蜜蜂をコントロールできる養蜂技術なんですけど、今の私の技術では、蜂にコントロールされているようなレベルですから」と古参の加藤さんは、蜜蜂を工業製品のように扱う技術に憧れている。

確かに、養蜂家としては効率の良さを求めることが必然なのかも知れない。蜂蜜を採るのは、天候や環境に左右されて技術や努力だけでは及ばない面もあるが、ローヤルゼリーの採集は、養蜂技術が上がれば生産量も上げることができるのだそうだ。

しかし、加藤さんの話を聞いて、チャップリンの「モダン・タイム」を思い出した。労働者と蜜蜂を同一視するつもりはないが、蜜蜂も生物なのだから、ストレスのない環境を作ってやることで効率を高めることも可能だろうし、現実に、加藤さんが蜜蜂を世話している様子は、彼女たちの気持ちを察しようとする思いが溢れているように見えるのだ。これは資質の違いなのだから、中国人の養蜂家と同じ方向を目指す必要はないのではと思った。

小関博光さんがネムノキの下の巣箱を点検する

人工王台の付いた移虫枠を持って作業小屋へ向かう

夜露が残る秋の朝、ローヤルゼリー採集は移虫枠を巣箱から抜き取る作業から始まる

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